ときどき泣菫の『獨楽園』を読みかえしている。
むかしから鶴といへば、龜はつきものだが、その龜は詩人白居易が自分の弟子に示した詩の一つに、
「龜は生れつき馬鹿者だ。しかし、どこかお人よしのところがある。」
と言つたやうに、あまり氣の利いた存在でもなし、おまけに師走なかばの空つ風の吹きすさぶ昨日今日の寒さには、僅ばかりのこぼれるやうな日光をもとめて、水際の岩の上に這ひ上り、老人のやうにから意氣地がなく、甲羅を干すのに餘念がないから(以下略)
薄田泣菫『獨楽園』「白鶴」
この白居易の詩はなんだろう、と思いつつうっちゃっていたのだが、最近になって小閑を偸んで白居易集を繰ってみると、程なく「ああこれか」と見つけることができた。
聖擇狂夫言,俗信老人語。 聖も狂夫の言を擇び、俗も老人の語を信ず。
遇物感興因示子弟
我有老狂詞,聽之吾語汝。 我に老狂詞あり、之を聽け吾汝に語らん。
吾觀器用中,劍銳鋒多傷。 吾器用の中を觀るに、劍銳ければ鋒多く傷つく。
吾觀形骸內,骨勁齒先亡。 吾形骸の內を觀るに、骨勁ければ齒先づ亡ぶ。
寄言處世者,不可苦剛強。 言を世に處する者に寄す、苦だ剛強なるべからず。
龜性愚且善,鳩心鈍無惡。 龜は性愚なるも且善なり、鳩は心鈍なるも惡なし。
人賤拾支床,鶻欺擒暖腳。 人賤み拾ひて床を支へ、鶻欺き擒へて腳を暖む。
寄言立身者,不得全柔弱。 言を身を立つる者に寄す、全く柔弱なるを得ざれ。
彼固罹禍難,此未免憂患。 彼固より禍難に罹り、此未だ憂患を免れず。
于何保終吉,強弱剛柔間。 何を于てか吉を保ち終へん、それ強弱剛柔の間なり。
上遵周孔訓,旁鑒老莊言。 上は周孔の訓に遵 ひ、旁ら老莊の言に鑒み、
不唯鞭其後,亦要軛其先。 唯其後れたるを鞭つのみならず、
亦其先なるを軛せんことを要す。
彼の中隠思想に沿った詩である。説教臭いと思わなくもない。
亀のようにお人好しだと、人にいいように使われて踏み台(寝台の脚)にされてしまうよ、と戒めている。中国語の亀には、ほかに仏語のcocuとしての意味もある。
又一龍陽畢姻後。日就外宿。妻走母家訴曰。我不願從他了。母驚問故。荅曰。我是好人家女兒。倒去與他做鳥龜。
『笑府』「龍陽新婚」
さて、「鶴ではなく鳩が亀の相方に選ばれるとは珍しい」と思いつつ、さらに本を繰ってみると、王維「春日上方卽事」にも同じ組合わせが出てくることに気づいた。……どうも別段珍しくないらしい。ただ、ここでは亀と鳩は愚か者ではなく老齢の象徴として並列されている。
好讀高僧傳,時看辟穀方。 好んで高僧傳を讀み、時に辟穀の方を看る。
鳩形將刻杖,龜殼用支牀。 鳩形將に杖に刻まんとし、龜殼を用て牀を支ふ。
柳色春山暎,梨花夕鳥藏。 柳色は春山に暎え、梨花に夕鳥藏る。
北窗桃李下,閑坐但焚香。 北窗桃李の下、閑坐し但だ香を焚く。
王維の涼州時代、彼が佛教信仰に傾倒していた時期の詩である。とある春の日、山上の寺院(上方)で過ごした一日を詠んでいる。
「鳩形將刻杖」鳩を象った杖とは、老人の使う杖のこと。鳩はものを食べる際に噎せないとされており、老人が噎せることなく粥を食べられるよう祈ってのことである。
年始七十者,授之以王杖,餔之糜粥。八十九十,禮有加賜。王杖長九尺,端以鳩鳥為飾。鳩者,不噎之鳥也。欲老人不噎。
『後漢書』「禮儀中」
「龜殼用支牀」(亀で寝台を支える)も鳩杖と同じく、老齢を指す喩えと考えられる。『史記』龜策列傳にある以下の故事が原典だろう。
南方老人用龜支床足,行二十餘歲,老人死,移床,龜尚生不死。
『史記』龜策列傳
先の白居易の詩も「我有老狂詞」と言っているから、「愚かだが善良な者」と同時に作者自身が老齢であることをもかけているのだろう。
亀が支えるのは寝台だけではない。『捜神記』に曰く――
秦惠王二十七年,使張儀築成都城,屢頽。忽有大龜浮于江,至東子城東南隅而斃。儀以問巫。巫曰:「依龜築之。」便就,故名龜化城。
『捜神記』
この亀は、瑞兆を示すものとしてだけでなく、おそらく人柱をも暗示しているのだろう。
もっと大きなものでは、『淮南子』覽冥訓に、女媧が鼇の脚を切って大地を支えさせたという記述がある。
往古之時,四極廢,九州裂,天不兼覆,地不周載,火爁炎而不滅,水浩洋而不息,猛獸食顓民,鷙鳥攫老弱,於是女媧煉五色石以補蒼天,斷鼇足以立四極。
『淮南子』覽冥訓
古の中国では、天は丸く、地は四角く、四方にそれぞれ巨大な柱で天を支えられている、と考えられていた。さまざまな「支えるものとしての亀」は、地とそれを支える四極を亀の肢体になぞらえたことから始まったのだろうと思われる。
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