安楽死させたマウスはビニール袋に入れてタグをつけ、地下の冷蔵庫に突っ込む。焼却炉の前の冷蔵庫だ。死体を冷やす冷蔵庫だ。私はこれを何百回とやった。
方法はいくつかある。最もポピュラーなのは炭酸ガスと頸椎脱臼の組み合わせで、ケージに装置を被せてスイッチを入れると透明なガスが噴霧され、マウスたちはあっという間に動かなくなる。無意識下での窒息死、などと書けばいかにも安らかだが、実際には充満するガスの中でマウスたちはひくひくと動き、壁に体当たりし、重なり合って倒れ込む。それを私はアクリルの壁越しに眺めている。眺めるのが仕事だから。
動かなくなったら確認のため頸椎脱臼をかける。頸部を把持して尻尾を引く。ぐ、とくる感触がある。これも何百回とやった。私の指はもうこの感触を覚えている。夢の中でもやっている気がする。
タグに記録をつける決まりだ。日時、動物種、数、手段、術者。手段欄が狭いので私は “CO2, CD” と書く。CD は cervical dislocation。
あるとき、よそのラボのタグに “CO2, DC” と書いてあるのを見つけた。DCとは何か。循環器科の医者なら direct current cardioversion、直流除細動だと思うだろう。しかし炭酸ガスで殺したマウスに除細動をかけてどうする。蘇生でもさせるつもりか。だとしたら何のために。
後日 AVMA のガイドラインを見た。DC は decapitation だった。頸部切断。斬首。首切り。
焼却炉のある地階へはエレベーターで降りる。このエレベーターが曲者だった。まず扉を開閉するボタンがない。初めて乗ったとき私は扉が開いたまま五分間も立ち尽くした。掃除夫が通りがかって「行き先をもう一回押せ」と笑った。そういうものかと思って乗り込むと、今度は動き出しながら何かを削るような音がする。金属が金属を引っ掻く音。壁の中で何かが軋んでいる。
そして止まる。
扉は開かない。インターホンに怒鳴る。”I’m stuck in the elevator!” 応答がある場合もある。ない場合もある。地階は年中ひんやりしていた。冷蔵庫の前だから当然だ。死体を冷やすための冷気が廊下まで滲み出ている。止まったエレベーターの中で私は袋を抱えていた。中身はさっきまで走り回っていたものだ。タグには私の名前が書いてある。
日本のエレベーターは、行き先を裏切らない。少なくとも日本では、昇降中に勝手に行き先ボタンが点灯することはない。どこかへ連れて行かれる感覚がない。
あの地階のエレベーターは、たまに私が押していない階で止まった。扉が開く。誰もいない。廊下の蛍光灯が一本、点滅している。
私は行き先ボタンをもう一度押す。
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