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沈雲英實錄
顕微鏡を覗く眼を休めるため、職場の個人書架から本を取り出して読んでいたとき、ひとつの文が目にとまった。 攻道州,守備沈至緒戰歿,其女再戰,奪父屍還,城獲全。 『明史』張献忠傳 張献忠の軍が道州を攻めたとき、守備(官名)の沈至緒が戦死した... -
水ようかんの缶詰
赤松則良がオランダ留学に向かったとき、バタヴィアを発ってセントヘレナに向かう航海中、マダガスカル沖で桃の缶詰を食べたことを記している。船長が元日の祝いに出してくれたもので、時に文久三年正月(西暦1863年2月18日)のことであった。同行してい... -
Weekly Review 20250602
Neuroblastoma, PHOX2B(+) PHOX2B: Paired-like homeobox 2B PHOX2Bは自律神経系の発生に必須の転写因子 腫瘍細胞や未熟な神経節細胞の核に特異的な染色性を示す 神経芽腫(neuroblastoma)のほぼ全例で強陽性となり、他のsmall round cell tumor (Wilms/E... -
城のようなホテル
私が若く潔癖であったころ、田園地帯の車窓をぼんやり眺めていたとき、尖塔をいくつか従えた城のようなホテルが見えてきたことがあった。屋根は毒々しいピンク色で、夜はおそらく城全体を浮かび上がらせるのであろう、古びた電飾が何重にも白い外壁を這... -
赤穂のカレー
赤穂城の近くにほんのすこしだけ住んだことがある。 「住んだ」というのはかなり大げさで、赤穂城の近くにある病院に三週間ほど泊まりがけで実習に行ったことがある、というだけである。関西から赤穂だと新快速で通えないこともないが、せっかくなので... -
水になった子
イブン・バットゥータの『大旅行記』をゆっくり読んでいる。 バットゥータは1325年、21歳の時にタンジール(ジブラルタル海峡に面したモロッコ北部の都市)を出発し、聖地メッカに巡礼の旅に出た。『大旅行記』は、約三十年後故郷に戻ったバットゥータ... -
Weekly Review 20250512
Sclerosing pneumocytoma K***大病院では2002-2025年で21例。 M:F=2:19, age: median 54, range 27-74 H2504483, 59M, bone marrow biopsy Flow cytometryで1.5%しか検出されないとき、骨髄検体で免疫組織化学を行う必要があるか?→そこまで少ないとIHCで... -
張献忠の人の殺しかた――『蜀碧』手抄
張献忠は子供のころ、父親の棗売りについて蜀に来たことがあった。父親が驢馬を郷紳の門前につないでおいたところ、驢馬が糞尿で石柱を汚した。その家の下僕は怒り、張献忠の父親を鞭打つと、手で糞をすくって捨てるよう命じた。張献忠は柱の陰で下僕を... -
Weekly Review 20250508
Lung adenocarcinoma submitted to Amoy Diagnostics Why Amoy? 治験登録の関係で早く結果が必要だった Amoy (~1 week) ≤ コンパクトパネル < オンコマイン Plasmacytoid urothelial carcinoma 類円形やや偏在する核を有する腫瘍細胞のシート状~個細胞... -
柚子酒の藝
細胞診の講習会で香川に行ったとき、高松駅近くの居酒屋で初めて柚子酒というものを飲んだことがあった。口に含むとツンとした芳香が鼻に抜け、微かな苦みが喉を滑り落ちる感触が心地よく、帰りの夜行列車が入線するまでの時間潰しと思いつつ、少し過ご... -
Weekly Review 20250428
Adenocarcinoma of descending colon, HER2 3+ HER2 ampは左半結腸に多く認められる。 転移性大腸癌の3-5%,特にRAS/BRAF wild-type tumorにおいて多い。 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35238866/ https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38345769/ https://p... -
眼が六つある亀と敬新磨
蘇東坡が呂微仲を尋ねたとき、微仲はちょうど昼寝中であった。長い間待たされてから、やっと微仲が出てきたので、東坡は菖蒲盆の中で飼われている緑毛亀を指さして、 「この亀はどこにでもいるものですね。眼が六つあるものはなかなか手に入りませんが」... -
Weekly Review 20250424
Pancreatic insulinoma with focal nesidioblastosis in the background インスリノーマ切除後も遷延する高インスリン血症性低血糖があり、背景膵の再評価が求められた。 Nesidioblastosis: 膵島の内分泌細胞、特にβ細胞における形態学的変化により、高イ... -
赤ずきんの勤務表
寄り道は、しません。しないことにしています。してしまうと、そこに獣がいるからです。私はそれを知っている。正しく知っている。あれは、罠でした。草むらの、ねばついた、罠。 だから私は、毎朝決まった時間に目覚めます。目覚ましが鳴る前に、目覚めま... -
『封神演義』のハンバーグさんはハンバーグになったのか?
寝ぼけあたまで本を読んでいて「ハンバーグ種はよく卵を産む」なんて文を見て目が醒めた。……なんのことだい。ハンバーグのタネが卵を産むって。 前後をよく読むと、このハンバーグというのはニワトリの品種のことだった。どうも明治の頃は「ハンバーグ... -
Weekly Review 20250407
Ornithine carbamoyltransferase (OTC) deficiency OTC欠損症患者の肝組織において、OTC免疫組織化学がモザイク状の陽性像を呈した理由 OTC欠損症はX連鎖性疾患 ヘテロ接合女性におけるX染色体不活性化 (lyonization)が原因 ヘテロ接合女性では2本のX染色... -
宮本武蔵とかけてにゅうめんと解きます
「宮本武蔵とかけましてにゅうめんと解きます」 というなぞかけを父に出されたことがある。さっぱり分からず降参すると、「その心は、宮本武蔵もにゅうめんも『しんめん』でございます」というアホらしい答えであった。もとより、宮本武蔵は新免武蔵」... -
Weekly Review 20250331
Follicular thyroid carcinoma with partial oncocytic feature Oncocytic thyroid carcinomaは他の甲状腺癌と比較し体細胞遺伝子変異の頻度が高く、LOHやミトコンドリアDNAの特異的な変異を特徴とする。 Oncocytic thyroid carcinomaと診断するには病理組... -
李世民は父の乳を吸った――どの乳を?
史書を読んでいて登場人物の正気を疑うことは時々あるが、つい先日も職員食堂でワカメごはんを噴き出しそうになったことがあった。元兇は『資治通鑑』唐紀、玄武門の変で李世民が兄の皇太子李建成と弟の李元吉を殺害したあとのくだりである。 上乃召世民... -
鳥取の崑崙坊
顕微鏡をのぞく合間に『消閑雑記』という本を拾い読みしていたら、おもしろい話がのっていた。 江戸時代のはじめ、因幡国鹿野(現在の鳥取市鹿野町)に「崑崙坊」と呼ばれる黒人の大男がいたというのである。 因州鹿野といふ所に長七尺のをとこあり。... -
グリニッジ天文台はまだない
16, 17世紀ごろ、ヨーロッパでは日本の東方海上に金銀島があるという考えがあり、何度かこの幻の島の探索が行われた。 1643年にもバタヴィアからカストリクムとブレスケンスの二隻が出帆し、日本の東北海上を目指した。カストリクムは蝦夷・千島に達し... -
あなたの番がまわってきたのは
斉の景公は、都の南郊にある牛山に登った時、北のかたに都の街なみを見おろして、涙ながらにこう言った。 「なんと美しい国だろうか。樹木は青々と茂っているというのに、どうして移ろいゆくまま、この国を後にして死ななければならないのだろう。もしこ... -
廖化は凡將か?――「蜀中に大將なく、廖化を先鋒となす」について
廖化という三國蜀の將軍がいる。はじめ関羽のもとで主簿をつとめ、関羽が敗れたあと呉に一時属したが、自分が死んだという噂を流して劉備のもとに帰った。その後だんだん出世して右車騎將軍、假節、并州刺史に至り、中郷侯に封じられた。 私が彼の名を... -
焼肉定食一千円
静岡の真ん中へんに住んでいたころ、講習会やらでしばしば静岡市に出かけることがあった。静岡市に出るには各停に三十分ほど揺られる必要があるのだが、その途中に「六合」という駅があった。 初めてこの駅名を見たとき、「あっ、これはどう読ませるつ... -
酒を呑んでひっくりかえる
俗に「世の中に寝る程楽は無かりけり」と言うけれども、なかでも酒を呑んでいい気分のまま横になるのは格別である。 世に同志は多いとみえて、唐の詩人に曰く―― 秋醪雨中熟 秋醪しうす 秋じこみの濁酒が雨降りの中で熟れ、 私の侘しい住処... -
火童子は何人いる?
今川氏輝は大永五年(1525年)元服した。のちの今川家第十代当主である。 当時今川家に逗留していた連歌師の宗長は、この時のことをこう書き記している。 十一月廿日、龍王殿元服ありて、五郎氏輝おのおの祝言馳走例年にもこえ侍ると也。同廿五日、かの... -
黒すぐり!よりによって、こんなものを!
中学生くらいになると色気づいて父親の本棚を漁ったりするものである。 ある日、なんぞ助平な本でもないかと父の本棚の背表紙を眺めていたら、ハヤカワ文庫の『スペイン要塞を撃滅せよ』というおもしろそうな本があった。 さっそく拝借して読んだと... -
えびの金ぷら
京都の町を同僚と歩いていたとき、向こうから優雅な和装の女性がやってきたので、 「あ、舞妓さんがおる」 と言ったところ、 「あれは藝妓さんやで」 と訂正されたことがあった。彼はいろいろ形態学的鑑別点を教えてくれたのだが、残念ながら「へーよう... -
春王丸・安王丸の最期
COVID-19 による休校令が出た時、子供の無聊を慰めるためいろいろな出版社が自社書籍の無料公開を行った。いい歳した私もその余恵に預かったのだが、小学館が『学習まんが少年少女日本の歴史』をオンラインで公開していると聞いたとき、小学生当時ひどく... -
ドラえもんの「ようろうおつまみ」考
子供のころ欲しかったドラえもんのひみつ道具に「ようろうおつまみ」がある。 藤子・F・不二雄『ドラえもん 第10巻』てんとう虫コミックス、小学館 もちろん幼稚園児に酒の味なぞ分かるはずもないので、私の頭の中では、キリンレモンのようなジュース... -
荀灌
西晋の頃、荀彧の玄孫(孫の孫)に荀崧という人がいた。彼はあるとき杜曾という流賊によって城を囲まれてしまい、絶体絶命の危機に陥った。自身は病に倒れ、食糧は底をつき、援軍のあてもなかった。あわや落城かと思われたとき、一人の少女が進み出て言...