むかし勤めていた病院では職員互助会主催の「テーブルマナー講習会」というものがあった。職種に関係なく、部署ごとに希望者を募って外部の料理店で行われる講習会である。
病理でも技師さんがやって来て「先生も行きますか?」ときかれたので、「なんか堅苦しそうだからやめとくよ」と断ったところ、「いや皆で飲み食いするだけですよ。中華で」「えっ中華?」といったことがあった。てっきりおふらんす料理でナイフとフォークの上げ下げをぐだぐだ指導される会なのかと思いきや、単に中華料理で宴会して騒ぐだけらしい。
どうも互助会から補助金がたくさん出る関係上、「懇親会(宴会)」と言ってしまうと事情で参加できない人から「不公平だ」と苦情が出る可能性があるので、「テーブルマナーを学びにゆく」という名目にしている、ということであった。一応食事の前に十分ほどありがたいお話を拝聴する時間はあるらしい。「うまいこと考えるなぁ……はいはい参加で」と意見を翻すと、「いやぁそれほどでも」彼はひひひと笑った。
「堅苦しいのは嫌」というのは実感だが、もうひとつ事情があった。他人にとってはどうでもいいことだが、私はナイフとフォークの持ち方が逆なのである。つまり右利きのくせに右でフォークを持ち、左でナイフを扱うのである。だから畏まった場で食事するのは好きではないのだが、中華ならば箸でいいから行く気になった。ことの原因ははっきりしており、父が左利きで、幼い頃食事の際に真向かいの父の真似しているうちにそうなったのである。気がついてから幾度となく修正しようとしたが上手くゆかず、中年になって「もうええわ」と諦めてしまった。
ひとつ不思議なのは、仕事でトリミングナイフという臓器切断用の長ナイフを扱うときは右だということである。解剖刀も脳刀も右である。右利きであるから当然なのだが。これを逆にするとへろへろでガタガタな割面になってしまう。
むかし同僚の外科医に「左利きには左利きの看護師が器械出しにつくの?」と尋ねたことがあった。彼は「いや、左利きの先生も右でやれるように練習するはずですよ。我々は左右どっちも自由に使えないと仕事にならんので」と両手をワキワキさせながら教えてくれた。ただ私は別に訓練してそうなったわけではない。
うーん。仕事と食事で何かのモードが切り替わるのかもしれない。野球選手の右投げ左打ちみたいなものだろうか。一応マジメな話をしておくと、こういうのは一般に cross-dominance と呼ばれる。仕事でトリミングナイフを扱っているとき、おもむろに右から左に持ち替えたら周囲に止めてくれるよう頼んでおかないといけないなひひひひひ