酒に酢をまぜる?

 沈括『夢渓筆談』を読んでいて、またぞろ往年の疑問が湧いてきた。なぜ中国の酒飲みは酒に酢を混ぜて飲むのだろうか。

石曼卿喜豪飲,與布衣劉潛為友。嘗通判海州,劉潛來訪之,曼卿迎之於石闥堰,與潛劇飲。中夜酒欲竭,顧船中有醋斗餘,乃傾入酒中併飲之。至明日,酒醋俱盡。每與客痛飲,露髮跣足,著械而坐。謂之「囚飲」。飲于木杪,謂之「巢飲」。以藁束之,引首出飲,復就束,謂之「鼈飲」。其狂縱大率如此。廨後為一庵,常臥其間,名之日「捫虱庵」。未嘗一日不醉。仁宗愛其才,嘗對輔臣言,欲其戒酒,延年聞之。因不飲,遂成疾而卒。

沈括 『夢渓筆談』 巻九 人事一

石延年(字は曼卿、宋初の文士)は大酒飲みだった。友人に市井の人であった劉潛がいる。延年が海州の通判をつとめていた時、潛が訪ねてきたため、彼は石闥堰で出迎え、二人で痛飲した。夜中に酒がきれそうになると、船中に醋(酢)が一斗あまりあることに気づき、それを酒の中にぶちこんで飲み、あくる日には酒も醋もすっかりなくなっていた。
 客と痛飲するたびに、頭巾を棄て、裸足になり、足かせをはめて坐る。これを「囚飲めしうどのみ」といった。また、木の梢で飲むことを「巢飲」、藁を束ねて身体を包み、首を出して飲んでは、また引っこめることを「鼈飲かめのみ」と呼んだ。その狂縱きちがい沙汰はざっとこの通りである。
 公舎の後ろに庵を結んで、平生そこで寝起きし、「捫虱庵」と名づけた。一日とて酔わない日ははなかった。仁宗は延年の才能を愛され、あるとき、おそばの重臣に「酒を慎むようにしてほしいものだ」と話された。延年はそれを聞いて酒をやめたが、そのまま病気になって死んでしまった。

 ちょっと寄道。飲酒の趣向について。張舜民『畫墁録』には、「囚飲」「巢飲」「鼈飲」に加えて「鬼飲」「了飲」「鶴飲」という飲み方が紹介されている。「鬼飲」は、鬼は言うまでもなく幽霊であるから、夜に明りをともさず暗闇の中で酒を飲むことである。「了飲」とは、飲んでは挽歌を歌って哭泣し、また飲むこと。「鶴飲」は、酒を飲んで木の上に登り、また飲むことである。まさに狂縱きちがい沙汰である。


 ここでふと思い出したのが、『笑林廣記』と『笑府』のどちらも「酸酒」(すっぱい酒)と題する笑話である。まずは『笑林廣記』から。

一酒家招牌上寫:「酒每斤八厘,醋每斤一分。」兩人入店沽酒,而酒甚酸。一人咂舌攢眉曰:「如何有此酸酒,莫不把醋錯拿了來?」友人忙捏其腿曰:「呆子,快莫做聲,你看牌面上寫著醋比酒更貴著哩!」

游戲主人『笑林廣記』「酸酒」

ある酒屋の看板に「酒一斤につき八厘、醋(酢)一斤につき一」と書いてあった。二人の男、店に入って酒を買ったところが、ひどく酸い。一人が舌打ちして眉をしかめ、
「どこにこんな酸い酒があるものか。醋ととりちがえて持ってきたんじゃないか」
と言うと、もう一人があわててその腿をつついて、
「馬鹿、だまってろよ。ほれ、看板に書いてあるだろ、醋の方が酒より高いんだぜ」

 いくらか得したとしても、酢では酒の代わりになるまいに。

 酢も酒屋で扱っているのならば、酒と酢は共通の工程や原料があるのかもしれず、また酢の方がやや高いことからは、酢の方が酒より余計に手間がかかるのかもしれない。次に『笑府』の方を。

有上酒店而嫌其酒酸者。店人怒。弔之于梁。客[過]。問其故。訴曰。小店酒極佳。此人說酸。可是該弔。客曰。借一杯我甞之。既甞畢。攢眉謂店主曰。可放此人。弔了我罷。

馮夢龍『笑府』「酸酒」

居酒屋にあがった男、出された酒を酸っぱいと言ったため、店の亭主が怒って男を縛り上げて梁につるした。そこへ別の客が来て、男がつるされているわけを聞いた。亭主、
「うちの店の酒はずんと美味いのに、こいつめ、酸っぱいとぬかしおったので、こんな目にあわせてやっているのです」
という。客、
「ではちょっと一杯、試しに飲ましておくれ」
やがて試しに少し飲んでから、眉をしかめて亭主に言った。
「その人は許して、わたしをつりさげておくれ」

 梁からつるされることになっても、正直に物を言う男のはなし。

 亭主が怒ったのは出した酒を貶されたからであるが、酒の品質の悪いものが酸っぱいのならば、酒を何らかの操作を加えて酢にすることもできるのだろう。ならば先の話と併せて「同一原料→酒→酢」の過程があるに違いない。ここまで考えてから、やっと酢の醸造工程について調べる気になった。
……われながら迂遠な思考である。


 酢の製造工程は三つの段階によるらしい。穀物のデンプンを麹や酵素によって糖化するのが第一段階で、この糖を酵母によりアルコール発酵させ、そうしてできたアルコールを酢酸菌で酸化させることによって酢ができあがる。

 酢の製造工程は、大きく三つの段階に分けられるらしい。穀物酢の場合、まず穀物に含まれるデンプンを、麹や酵素の働きによって糖に分解する。次に、その糖を酵母によってアルコール発酵させ、最後に、生成したエタノールを酢酸菌によって酸化させることによって酢ができあがる。

糖化(麹、麦芽など):
 (C6​H10​O5​)n​+nH2​O⟶nC6​H12​O6​
アルコール発酵(酵母):
 C6​H12​O6​⟶2C2​H5​OH+2CO2​
酢酸発酵(酢酸菌):
 C2​H5​OH+O2​⟶CH3​COOH+H2​O

 つまり酢とは、乱暴に言えば、穀物を糖にし、糖を酒にし、さらにその酒を酸化させたものである。醸造法によっては、下図のように糖化とアルコール発酵を同時に進行させることも可能なようだ。

多山賢二. 食酢と微生物. モダンメディア. 2016;62:83-93. より引用。

 酒液を原料として酢酸発酵を行う醸造法は『齊民要術』に記載されている。

動酒酢法:春酒壓訖而動不中飲者,皆可作醋。大率酒一斗,用水三斗,合甕盛,置日中曝之。雨則盆蓋之,勿令水入;晴還去盆。七日後當臭,衣生,勿得怪也,但停置,勿移動、撓攪之。數十日,醋成,衣沈,反更香美。日久彌佳。『齊民要術』卷第八「作酢第七十一」

春酒が酸っぱくなって飲めなくなったら、酢を作ることができる。酒一斗、水三斗を甕に入れ、日のあたるところに曝しておく。雨が降ったときは盆でフタをして水が入らないようにする。晴れたときは盆を取る。七日後には臭いがし、衣ができる(液面に酢酸菌の膜ができることを言うのだろう)。そうしたら、そのまま置いておく。動かしたり攪拌してはいけない。数十日たつと、酢ができる。衣は沈み、香りがよくなる。日が経つとさらによくなる。

 衛生管理が行き届かなかった時代、アルコールはしばしば乳酸菌や酢酸菌によって汚染され、いわゆる「すっぱい酒」となったのだろう。酢の起源について調べていると、その「すっぱい酒」こそ酢の原点、という説もあるようである。石延年の頃は、酒と酢はかなり近しい関係にあったと見える。少なくとも大酒飲みにとっては大して変わらぬものだったのだろう。

 『酒譜』が引くところの『醉郷日月』には、酸っぱくなった酒をくする方法が載っている。

酒之酸者,可變使甘。酒半斗,黑錫一斤炙令極熱,投中,半日可去之矣。

『酒譜』性味十

酸っぱくなった酒をい酒に変えることができる。酒半斗につき、黒錫一斤半を火で強く熱し、酒の中に入れる。半日ほどで引き揚げれば良い。

 黒錫は鉛のこと。

PbO + 2CH3COOH → Pb(CH3COO)2 + H2

 これはおそらく、熱した鉛の表面に生じた酸化鉛が酒中の酢酸と反応し、甘味をもつ酢酸鉛を生じたのだろう。酢酸鉛は甘みがあるため、かつて砂糖の代りに使われていたことがある。酸味を抑え甘味を加えるという意図であって、酒に戻すわけではない。ついでに言えば有毒である。


 さて、今回は笑話を多く引いたから、締めに「すっぱい酒」を誤魔化そうとする店主の話を引いて終りにしよう。

有賣酸酒者,客上店謂主人曰:「餚只腐菜足矣,酒須要好的。」少頃,店主問曰:「菜中可要著醋?」客曰:「醋滴菜心甚好。」又問曰:「腐內可要放些醋?」客曰:「醋烹豆腐也好。」再問曰:「酒內可要著醋否?」客訝曰:「酒中如何著得醋?」店主攢眉曰:「怎麼處?已著下去了。」

游戲主人『笑林廣記』「著醋」

酸っぱくなった酒を売る居酒屋があった。客が来て「野菜と豆腐をくれ。酒もいいものを」と注文した。
しばらくして店主「野菜に酢を入れますか?」
客「酢をたらした野菜は良いね」
店主「豆腐にも酢を入れますか?」
客「酢で料理した豆腐、、、、、、、、(×酢豆腐)も結構だね」
店主「酒にも酢を入れますか?」
客訝しんで「なんで酒に酢を入れるんだ?」
店主「どうしましょう。もう入れてしまいました」

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