「生卵を食べちゃいけないよ」
アメリカに行ったとき、はじめに注意されたのはこのことだった。
先人の教えであるから私もしばらくそれを墨守していたのだが、あったかいごはんに卵と塩昆布をのせたものの美味しさを知っている身としては、日日生殺しにあっているようなもので、ある日とうとう我慢できなくなった。
というのも、アメリカにも美味い米はいくらでもあって、特に Tamaki Gold なんかはコシヒカリで、日本より安く手に入り、その味は日本の良い米と遜色ないものであったから、「これに生卵をかけてかきこんだら……」という誘惑に勝てなくなったのである。
というわけで生食できる卵について調べてみると、アメリカでも低温殺菌された “pasteurized eggs” ならば問題なかろう、ということであった。一度おそるおそる食べてみて、三日ほど様子を見て問題が無いのをみて胸をなで下ろし、以後たびたび生卵を食べていたのだが、現地の日本人の間では「なんか聞いていたより大丈夫っぽいね。日本人は抗体(なんの?)があるんかな」ともっぱらの話であった。
私はだんだん横着をするようになって、アパート裏の CVS Pharmacy で Grade AA の卵を買ってきてそのまま食べるようになったが、さしあたってアタったことはなかった。もちろんアメリカみたいな所で医療のお世話になるリスクを考えれば、やめておいた方が無難である。
明治期に駐日イギリス公使をつとめたアーネスト・サトウ (Sir Ernest Mason Satow, 1843-1929) については贅言を要しないだろうが、彼の日本滞在記を読むとでもなく眺めていると、彼はしばしば卵を食べている。柳川鍋を食べた日なんかはこうである。
Lunched at a restaurant called Kogawa-ya; dish called Yanagawa, of loach stewed with soy and mirin [sweet sake] and raw eggs poured over it while still on the fire, very good.
“The Diaries of Sir Ernest Mason Satow, 1883-1888: A Diplomat In Siam, Japan, Britain and Elsewere”
私訳 Kogawa 屋という料理屋で昼食をとった。柳川鍋というもので、ドジョウを醤油とみりんで煮て、火にかけたまま生卵を回しかける。実に美味である。
富士山に登った時は、生卵を熱い瓦礫に埋めて茹で玉子をつくったりしている。

私がすこし気になったのは、1877年のこの記載である。
24 April. Left Hino at 6.30, the landlord still looking very glum. Walked to Fuchiu in 1.40 min. Shrine to Okuma Sama. At ten reached large teahouse called Hashimoto at the end of Futashiku, a tamago-toji [food covered with egg sauce] and as much rice as one can eat for 5 sen. A coach passes dawn by the skeletons of two Japanese ponies. Reach Shinjiku [Shinjuku] at 1.55 and lunch at a teahouse in the 2nd ward called Yorodzuya. Get home about four o’clock. Have thus walked ninety miles in four days without fatigue or blisters.
“A Diplomat in Japan, Part II: The Diaries of Ernest Satow, 1870-1883”
彼が見た「たまごとじ」とはなんだろう?
たまごかけごはん?
初めて読んだとき、挿入注 “food covered with egg sauce” に引っ張られてこれはてっきり「たまごかけごはん」だと早合点しそうになったが、文章の構造上そうではなさそうである。でも一応検討はしておこう。
江戸時代にも「たまごかけごはん」の前身はあったらしい。今のように茶碗によそったごはんに生卵をかけるのではなく、炊きあがった釜の中に卵液を入れて蒸らすのが主流だったようである。
たとえば、天明から寛政にかけて出版された『萬寶料理秘密箱』に「麦飯卵」という調理法が載っている。これは麦5合と米2合を炊き、ざるに上げて水でよく洗ったあと釜に戻し、その際に卵25個を割って混ぜ合わせ、もう一度炊くものである。麦と米をそのまま加算してよいものかちょっとわからぬが、7合で卵25個ということは、だいたい茶碗1杯あたり卵1.4 ~ 1.8個といったところか。麦飯は堅いし、当時の卵は小さかったのかもしれず、まあそうおかしくはない。これは「ごはんの玉子とじ」と言えるかもしれないな.
何をかけて食べるかはさまざまで、『素人庖丁』ではカツオだし、醤油、浅草のり、ねぎ、とうがらしが「かけ汁」として紹介されている。『料理献立早仕組』では「尤しるはすましにて やくみ有べし」とされる。
なお今の「たまごかけごはん」に近いものとしては、『料理献立早仕組』や『料理花船集』に、いったん卵を茹で、おそらく半熟の黄身だけを飯にかける、という調理法が載っている。
山吹の仕やうにして、めしをわんにもりて、その上へさじにてすくひかける、まぜるに及ず
『料理花船集』玉子飯(古事類苑より孫引き)ちらし玉子にして飯にかけ出す ゆでて黄味ばかりもみてかけたる又よし
『料理献立早仕組』鶏卵飯
もしかすると江戸時代の人も白身の食感を嫌ったのだろうか。向田邦子も「卵とわたし」のなかで、妹と卵を分けるとき、長女だったせいで先に「ジュルンとした白身が必ず私の茶碗にすべり込むのを『あ』と心の中で小さく声を上げながら眺めていた」なんて書いている。それを読んだ当時の私は「なぜ彼女の母は溶いてから入れてあげなかったのだろう」と思ったものだ。なお、卵を割るときに卵殻で簡単に卵白と卵黄を分離できるので、もし卵白が苦手な方はそうすればよい。余った卵白は冷蔵してチャーハンの時にでも使えばよいし、卵黄の方は醤油漬けにでもすれば卵ごはんがさらに美味くなる。
さて、いろいろ書いておいてなんだが、たまごかけごはんの可能性は低いだろう。文章上飯と並列されているし、そもそもたまごかけごはんで飯だけお代わりしても仕方あるまい。
汁物の可能性は?
ごはんがおかわり自由ならば日本人的には汁物が欲しくなるだろうから、ときたまごを落とした吸物の可能性はどうだろうか。ただ残念ながらそういったものを「たまごとじ」と呼んだ記録は見あたらないようである。
炒り卵か?
サトウが編集に加わった “An English-Japanese Dictionary of the Spoken Language” を引いてみると、”Scrambled eggs” の項に同義語として “tamago-toji” が挙がっている。当時の茶屋にスクランブルエッグはなかろうから、炒り卵のことだろうか? 醤油でもあれば普通に食えるだろうが、炒り卵だけをおかずに飯を食うのはちょいと妙な気がする。なおサトウは日記の別の所で卵焼きを “Japanese omelette” と呼んでいる。
実はそばうどん?
『守貞謾稿』を見ると、江戸時代のそば屋の品書きに「玉子とじ」というものがある。かけそばの上に鶏卵をといて流してとじたものである。

値段は三十二文。そばが(二八)十六文であるから倍の値段である。一方うどん屋では「けいらん」となっており、こちらも同じく三十二文と素うどんの倍の値段になっている。
日本人的には、蕎麦うどんに飯がつく、というのはやや気になるところである。もちろん蕎麦屋や饂飩屋でごはん物が出ることはある。ただ基本的にカレーであったり、かやくごはん、天丼、親子丼、カツ丼といった類いではないだろうか。蕎麦うどんに白飯、しかもお代わり自由というのは現代的にはあまり受け容れられなさそうである。むろん明治の頃までそうであったかはわからない。
蕎麦うどん説については値段的にもやや否定的にならざるをえない。
森銑三『明治東京逸聞史』によれば、明治四十年ごろの「玉子とじ(蕎麦)」の値段は東京で十銭、岐阜で五銭である。そして、その岐阜でかけそばの値段は二銭であった。したがって「かけそば」と「玉子とじ」の値段は、江戸時代ともあわせだいたい 1:2~2.5 と推測してよかろう。サトウが tamago-toji を見たのは明治十年で、当時の「かけそば」は一銭ないし一銭二厘らしいから、「玉子とじ」は二三銭ということになる。一方で飯の方は安い飯屋だと一杯五厘程度だったそうである。こう考えると、蕎麦うどんに食べ放題の飯がついて「五銭」というのは少し高すぎるのではないか。街道の茶屋であるから、多少色がつくのは現代と同じなのかもしれないが。
やっぱり「卵綴じ」?
松本仲子氏の「江戸時代の料理本にみるたまご料理について」という論文を読むと、「玉子とじ」は江戸時代後半から多く見られるようになった調理法で、鶏肉やキノコなどさまざまな具材を卵液で煮/蒸し固めたものであるという。たとえば天保五年の『魚類精進早見献立帳』では以下のように説明されている。
○茶わんたまごとぢ 又はやきぐりくわゐを入て茶わんむしにするなり
『魚類精進早見献立帳』霜月
布田五宿のあたりで卵綴じになりそうな名産というと……うーん何かあるのだろうか。いや名産にかぎらんか。
つらつら考えてくると、やはり一番は現代と同じ「何かの卵綴じ」、次点で「蕎麦うどん」だろうか。……はてさて Hashimoto の「たまごとじ」がどんなものだったのかサトウが書いてくれなかったせいで、調べているうちにひどく腹が減ってしまった。
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