ポリープなんてものは、
はっきり言って、くだらない代物だ。
腸の内壁にちょこんとできて、
放っておきゃ癌になるかもしれないってんで
おれたちはそれを見つけて
「Tubular adenoma, low grade, margin clear」と打ち込む。
まるで呪文だな。意味も情緒も、ありゃしない。
病理医の仕事ってのは、
つまりは死んでいくものを
誰よりも先に見ることだ。
それがどんなに美しかろうが、
どんなに汚かろうが、関係ない。
見て、判定して、忘れる。
そうしなきゃやってられない。
でなきゃ、気が狂う。
けれど、だ。
ときどき――ほんの、ときどき――
目に焼きついて離れないやつがいる。
たとえば、ポリープだ。
あの、つまらねえポリープが、
妙に、しずかに、咲いている。
咲くってなんだ。
なんのために咲く?
誰かに見られるためか?
人に褒められるためか?
写真に撮られるためか?
ちがう。
ちがうんだ。
あいつらはただ、自分の欲望のままに
咲いている。
誰にも気づかれず、
誰にも名を呼ばれず、
それでも、咲く。
生きることが、咲くことそのもので、
咲いたら、それで充分なんだ。
それ以上、なにを望む?
人間も、そう在れたらと思う。
けれど、人間ってやつは
どうしようもなく、見られたがる。
理解されたい、褒められたい、
称賛され、記憶され、伝説になりたい。
馬鹿だな。
そんなもん、墓場のこやしにもなりゃしない。
咲いて、散る。
ただそれだけのことを、
ポリープは、完璧にやってのける。
なにもしないで、咲いて、
誰にも見せずに、消えていく。
その潔さに、
おれは、惚れちまうんだよ。
病理医などというものは、もともと人間の死体ばかり見て暮らしている。あるいは、生きてはいるが、やがて死ぬべきものの細片、断片、失せかけのものを拾い集めて、それに名をつけてまわるだけの仕事である。美しい仕事ではない。どちらかと言えば、うす汚いほうだろう。
それでも、いや、むしろそれゆえにだろうか、そうした職に長く身を置いていると、人間というものの無意味さと、あるいはそれと同時に、計り知れない「かたち」の美しさというものに、どうしても目がいってしまうようになる。
たとえば、ポリープである。
腸の中にひょいとできた突起物で、病理医の世界では「Tubular adenoma, low grade, margin clear」ということばで処理される。それ以上の意味も、情緒も、ない。あるいは、そのようにして処理しなければ、この仕事は続けられない。そうしなければ、おれたちは正気を保てない。
見て、名づけて、忘れる。それが仕事だ。
だが、まれに――ほんとうにまれに――忘れられないものがある。
ポリープの話に戻ろう。
あんなもの、どうせすぐに切られて、焼かれて、捨てられるだけの存在だ。誰にも惜しまれず、名前もつかない。ましてや「美しい」などという価値を与えられるはずもない。
けれど、ある日、顕微鏡を覗いたとき、そのポリープが、まるで花のように咲いていたのだ。
肉の色は淡く、構造は均整を保ち、その配置には、何かこう、理屈では言えぬような調和と緊張があった。
それを見たとき、はっとした。いや、「見た」というよりも、「見られた」と言うべきかもしれない。
それは、こちらの都合などどうでもいい、という顔をしていた。
咲きたいから咲いた。それだけだ。
誰に見られることも期待せず、咲いて、そして消える。それだけの存在だった。
だが、それが、おれには、たまらなく、美しかった。
人間というものは、いつからこんなに、見られることばかりを気にするようになったのか。
賞賛されたい、理解されたい、共感されたい、記録されたい。そういう欲望の中で、人間はとうの昔に、咲くことそのものを忘れてしまったのではないか。
いや、それはおれ自身のことでもある。
酒にまみれ、論文という名の愚にもつかぬ文章を書き、世間に投げつけ、評価されることでしか、生きていることを確認できなくなった、ひとりの愚か者。
咲くことよりも、見られることのほうを選んできた結果が、いまこのざまだ。
けれど、あのポリープ――
あの誰にも見られないまま咲いて、忘れられて、焼かれてしまうだけのポリープだけは、確かに、咲いていた。
それは、無駄ではなかった。
咲くことそのものに、意味があるとすれば――
あるいは、おれは、そのことを、あの小さな腫瘍に、教えられたのかもしれない。
だから、おれは書いておく。
Tubular adenoma, low grade, margin clear
それは、単なる診断名でありながら、
この世で最も美しい花のひとつの名でもあるのだと。
そうであっても、誰にも伝わらないだろう。
それで、いい。
それでも、書いておく。
キミが、咲くことは、たしかに、あったのだと。
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