This game is Nintendo hard.

 京騒戯画0話でコトがビシャマルと戦うことなったとき、伏見がこの采配を「とんだ無理ゲーですね」と評したのだが、crunchyroll (日本からアクセス不可) の英語字幕を眺めていたらこんなことを言っていた。

This game is Nintendo hard.

 「無理ゲー」のことを “Nintendo hard” と訳すのは初めて見た。もし私が訳すとすれば crazy hard とか mission impossible とか nightmare (game) だろうか。

 この “Nintendo hard” という言葉は、1980年代 Nintendo Entertainment System(NES, ファミコンの海外版)向けに発売されたゲームに高難度のものが多かった、というイメージから生まれたらしい。当時はハードウェアの性能に制限があり、長丁場のゲームを作成することは難しかった。とは言えせっかく買ったゲームがすぐに終ってしまっては困る。そんなわけで、繰り返し遊べるよう難易度は高めになった、というリクツのようである。また黎明期の家庭用機ゲームの多くはアーケードからの移植であり、アーケードのゲームはプレイヤーのコインを搾り取ってなんぼであるから、難しいのは当たり前であった。

 今思い返しても、ファミコンのゲームは難しいものが多かったような気がする。私はいくつクリアできただろうか。おそらくクリアできたのは光栄の三國志や大航海時代(どちらも初代)といったシミュレーション(リコエイション)ゲームくらいで、アクションやシューティングはどれも結局途中で投げたのではなかったか。ただ、それでも、小学校から帰ってきて夢中でプレイした楽しい記憶は今でも私の中にあり、たまにYoutubeでプレイ動画を見ては「ああ、なるほど!そうすればよかったのかぁ」と感心することしきりである。


 ”Nintendo hard” に話を戻すと、日本では高難度のゲームを表わすのに「鬼畜ゲー」や「死にゲー」のような言葉はあっても、 “Nintendo hard” のように特定のメーカーやハードウェアを冠した言葉はあまりない。私が知っているところでは「パラドゲー」くらいだろうか。これは「インターフェイスが独特でとっつきにくい」「アップデート直後はまともに動かない」の意である。

 しかしなぜ任天堂なのだろうか。私はこのへんの事情に全く疎いのだが、当時の欧米における任天堂のシェアは極めて大きく、ゲーム機イコール任天堂という状態だったのかもしれない。

 英和辞典を引いてみると、”Nintendo epilepsy”, “Nintendo neck”, “Nintendo thumb” といった言葉が掲載されている。それぞれビデオゲームによるてんかん發作、肩こり、指関節障碍のことらしい。PubMedで文献を検索すると、多くは1990年代初頭に出た論文が元となった言葉のようである。いくつかを訳しつつ以下に示そうか。

ニンテンドー炎 — Nintendinitis

 ビデオゲームのやりすぎによるスポーツ障害の1例を報告する。

 クリスマス休暇に35歳の女性が我が家を訪れ、息子たちに任天堂のビデオゲームをプレゼントしてくれた。それまでこの手の娯楽と無縁であったその女性は(我が息子たちと)夢中になってゲームを続け、5時間休むことなく遊び続けた。

 その翌日、彼女の右親指の伸筋腱に激痛が生じた。同部に圧痛はあったが、紅斑や腫脹は見られなかった。低用量のイブプロフェンを服用し数日間ビデオゲームを控えた結果、症状は完全に消失した。私はこのスポーツ関連障害を「ニンテンドー炎」と呼ぶことを提案する。

Brasington R. Nintenditis. N Engl J Med. 1990;322:1473-1474.


ニンテンドー尿失禁 — Nintendo enuresis

 小学生における夜尿を伴わない昼間尿失禁は稀であり、有病率は1.8%に過ぎない。私は最近ニンテンドーのゲームを買ってもらってから尿失禁を発症した3歳半、5歳、7歳の男児を診察した。発達遅滞、低出生体重、家庭内のストレスといった尿失禁のリスク因子はなかった。いずれの場合も彼らはスーパーマリオブラザーズに夢中になり、明らかに尿意を無視していた。彼らが言うには同級生にも同様の失禁のエピソードがあるとのことであった。この尿失禁は彼らが「一時停止ボタン」の使い方を憶えた1, 2週間後には消失した。

Schink JC. Nintendo enuresis. Am J Dis Child. 1991;145:1094.


ニンテンドー便失禁 — Nintendo encopresis

  最近友人から彼女の6歳になる息子の便失禁について道端で相談を受けた。私は内科医であるから小児科についてあまりアドバイスはできないと分かっていたが、それでも彼女の話に慎重に耳を傾けた。彼女の息子はこれまで健康で、過去に医学的、社会的、心理的な問題はなかった。トイレのしつけにも遅れはなく、2ヶ月前までは便通も正常だった。にもかかわらず最近、下痢・排便痛・下血・掻痒を伴わない便失禁が起床時に数回あったという。またこのような事故に加え、トイレに駆け込んで間一髪危機を免れることも何度もあった。

 母親の話を注意深く聞いていると、すぐにあるパターンがわかった――ニンテンドーである。失禁のエピソードはすべて息子が「スーパーマリオ」に夢中になっているときに起こっていたのだ。

Corkery JC. Nintendo power. Am J Dis Child. 1990;144:959.


ニンテンドーてんかん — Nintendo epilepsy

 「ニンテンドーてんかん」という珍しいてんかんの新しいバリエーションに注目したい。

 私は最近、テレビゲームをプレイ中に全般性強直間代発作を起こした13歳の女児を診察した。そのゲームはクリスマスプレゼントとして贈られたもので、彼女はすぐにゲームに夢中になった。問題の日、彼女は友人と一緒に3時間にわたり、10分しか休憩を取らずにゲームを続けていたが、「スーパーマリオブラザーズ」の特に速い展開の場面で「気持が悪い」と感じ、その後2~3分の全般性発作を起こしたのを両親に目撃された。5日後の脳波検査で、8Hz以上の光刺激で多棘波と徐波からなる光けいれん反応が認められた。16Hzの刺激で、彼女は発作前の症状と同様の症状を感じたため、検査は中止された。両親に提示した治療法はビデオゲームを避けることと抗けいれん薬投与であったが、彼女はゲームの誘惑に勝てないと考えられ後者が選択された。

 光過敏性てんかんは、てんかん患者の約2~3%(一般人口では1万人に1人)に認められ、テレビを見ているときに起こる全般性強直間代発作が一般的である。テレビ以外の誘因としては、車の運転中や乗車中に葉や木々の間から日光がちらついたり、ディスコのストロボライトが点滅したりすることが前駆症状となる。テレビてんかんのほとんどの症例は、画面に映し出される映像の不具合や明滅が原因で起こるが、特に敏感な人は画面上で左右にジグザグに走る光の点でも発作が誘発される。アメリカでは走査周波数は1/60秒で、1秒間に30回の点滅を生じるが、ヨーロッパでは1/50秒の走査周波数で、1秒間に25回の点滅が生じる。ヨーロッパの方がこの点滅速度が遅いため、テレビてんかんがアメリカよりも多い。しかし今回の症例では、背景の画面のちらつきよりも、ビデオゲームの画像の変化が光感受性反応を引き起こした可能性が高い。

 「ニンテンドーてんかん」はおそらく稀な症例であろうが、イギリスでは「Dark Warrior(訳者注:1981年にCentury Electronicsから出たアーケードゲーム)てんかん」という同様の症例が報告されている。この現象はビデオゲームに限ったものではないのであろう。

Hart EJ. Nintendo epilepsy. N Engl J Med. 1990;322:1473.


ニンテンドー肘 ― Nintendo elbow

 ニンテンドーの合併症は、さまざまな筋骨格系症候群とともに、社会的に受け入れがたいもの(尿失禁)から、より社会的に受け入れがたいもの(便失禁)、苦痛を伴うもの(痙攣)まで多岐にわたる。われわれは「ニンテンドー肘」というより良性のバリエーションを報告する。

 患者は12歳の男児で、数日前から右肘の痛みを訴えていた。父親によれば少なくとも1ヵ月前から違和感があったとのことである。この期間における少年の唯一の運動は、ニンテンドーで「いっぱい」遊んだことであった。そのほか健康状態に問題はなく、内服薬やアレルギーもなかった。

 診察の結果、肘頭の近位にわずかな腫脹を伴う圧痛が認められた。患者は、抵抗に抗して屈伸すると痛みが増すと訴えた。

 治療はイブプロフェンの投与と疼痛の原因となったニンテンドーのプレイをやめさせることであった。9日経過を見たのち症状は消失した。ニンテンドーをプレイする際は肘を固い面で支え、必要に応じてNSAIDsを使用するとよいと考える。

Bright DA, Bringhurst DC. Nintendo elbow. West J Med. 1992;156:667-668.


 これらは今でも英和辞典の片隅に残ってはいるけれども、医学的にはいずれも死語である。この亡霊たちに比べれば、“Nintendo hard” は今でもインターネットスラングとしてそれなりに市民権を得ているようだ。

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