虎のきんたま

 北サハラのある部族では、貴人の目の前で生きた牛から睾丸を抜き、その睾丸をそのまま食卓に上らせるのが最上級の敬意の示し方である、というのを以前誰かから聞いたことがあった。

 へぇと思いつつ、もし、ちゃんと調理するとしたらどうすればいいかなぁ、と考えたが今ひとつ良い案が思い浮かばなかった。わが国で牛馬の去勢術(きんたまぬき)が初めて行われたのは1656年だが(『榎本弥左衛門覚書』)、明治までほとんど行われなかったらしい。当然睾丸も一般には流通しなかったから、日本における睾丸料理は今でも魚の白子に比べ貧相なのかもしれない。

 以前、ロサンゼルスのバーで同僚とランチをとったとき、メニューに Mountain oyster というものを見たことがあった。「カキならボストンでよく食べたからいいや」と目が滑ったのだが、同僚と別れてから帰り路で「そういえば山のカキMountain oysterってなんだ?」と疑問が湧いた。調べてみると牛の睾丸料理らしい。これはしまったことをした、と後悔しつつ今に至っている。


 先程『異苑』を読んでいたら、おこりを病んだ子供に虎のきんたまを食べさせて治す話があった。

牙之兒疾瘧,公曰:「此應得虎卵服之。」持戟向山,果得虎陰,尚餘暖氣。使兒炙啖,瘧即斷絕。

『異苑』巻六「床下老公」

朱牙之の子供が瘧にかかったとき、老人は「これは虎のきんたまを食べさせれば治る」と言い、戟を持って山に向かい虎の陰部を取ってきたが、まだほのかに温もりが残っていた。子供に焼いて食べさせたところ、瘧はたちまち治った。

 中国人はちゃんと炙って食べるところがちょっとおもしろい。ちなみにこの老人は突然ベッドの下から這い出てきたアリかなんかのバケモノである。

 「瘧」は今で言うマラリアにあたる。

 虎の精巣には何か抗マラリア作用のある薬効成分が含まれているのだろうか、とマジメにちょっと考えてみたが、どうもありえなさそうである。普通に考えれば、「瘧」はやまいだれの下に「虐」が入った字で、「虐」は虎が爪を露わに人を襲う形を示しているから(『説文解字』)、なら虎を食べちゃえば「瘧」ではなくなるよね、というシャレなんじゃないかな?

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