貞享四年の芭蕉の句にこんなものがある。
鰹売いかなる人を酔すらん
カツオ売りの威勢よい掛け声が響く初夏を詠んだ句だが、このカツオを食べてなるという「酔い」とはいったいどういうものだろうか?
この時代の魚の調理や中毒について詳しく記載した書籍となると、本草家で医師の人見必大による『本朝食鑑』を開くのが一番だろう。というわけで、さっそくカツオの項を開いてみるとこのように書かれていた。

該当部を抜きだして現代のことばになおすと以下のようになる。
鮮度の低下したカツオを食べることにより発症する疾患で、その発症有無は加熱など調理法の選択によらないとされる。症状としては顔面紅潮、めまい、発赤、嘔吐、意識レベル低下が挙げられている。ただし死に至ることは少ない、とも書かれている。
この記述を素直に解釈すると、これはヒスタミンによるアレルギー様食中毒である。
その機序はこうである。魚体表面や腸管内には Morganella morganii 等のヒスチジン脱炭酸酵素を有する細菌が常在している。漁獲時の作業や洗浄によって魚の表面に傷がついたり、常温放置によって腸管が自己融解するとこれらの細菌は魚の筋肉内に移行する。侵入した細菌は筋肉内に多く含まれるヒスチジンをヒスタミンに変換してゆく。時間経過によってヒスタミンの蓄積量は増加し、そういった魚を摂取すると、ヒスタミンの血管透過性亢進、血管拡張、平滑筋収縮といった作用によって上で書いたようなさまざまな症状が引きおこされるのである。
目を引くのは、これらの症状が「冷水を飲むこと」で助長されると人見が述べている点である。これは冷水摂取による寒冷刺激によってマスト細胞からもヒスタミンが放出され、症状が増悪するものと推測される。それにしてもよく観察されているのに驚く。
ヒスタミン中毒の起こりやすさは魚の種類によっても異なる。筋肉内にヒスチジンを多く含む赤身魚では特に多く、カツオ以外ではマグロ、カジキ、サバ、イワシ、サンマ、ブリなどが代表的である。『本朝食鑑』を参照すると、カジキ、サンマについては立項自体されていないが、サバ、ブリの項目ではどちらも「酔う」との記載がある(原文を省き私釈のみ示す)。
鯖(さば)
およそ生を用いるのはよくない。多く食べれば酔う。塩漬けにして食べると酔わない。鰤(ぶり)
およそ魚の性は温であって、人を酔わせるものが多い。酔う場合は必ず毒があり、例えばフグ、カツオ、ブリ、サバの類などがそうである。いずれも乾して用いるのがよく、生で用いるのはよろしくない。ただブリだけは塩漬けにすると無毒である。生を多くたしなんで食べると、血を動かし、熱を生じ、痰を湧かし、瘡を発し、嘔吐する。これは純甘・膏脂のせいであろうか。そのため今俗では瓮器を用いて炙る。土器を焼いて膏脂を焼き消すのである。これは土気が膈胃を開き、魚の性を浅軽にし、その結果、動火・嘔吐の患を除くのであろう。
ただ気になる点がいくつか存在する。
ひとつは、上記のブリのように、加熱による対処法が書かれている点である。ヒスタミンは熱に安定であり、加熱しても除去することはできない。またいったん生成されたヒスタミンは塩漬けにしても除去できない。
ふたつに、ヒスチジン含有量がカツオやブリなどより多く、ヒスタミン中毒の原因として近年しばしば問題となるマグロに「酔う」記載が無い点である。また江戸時代も多食されていたイワシも同様に「酔う」とはされていない。これは一体どういうわけだろうか?
マグロが生で盛んに食べられるようになったのは江戸中期以降であるから、『本朝食鑑』の成立した元禄の頃には「酔う」ことが知られていなかった可能性はある。また、当時の漁場は相模湾や房総沖であり、切身をすぐ醤油に漬けることで保存性を高めていたから、それが影響しているのかもしれない。当時の醤油はかなりpHが低かったのでMorganellaの繁殖(至適pH 5~6)が抑制されヒスタミンの蓄積が起こりにくかった――という仮説を考えてみたが、何の証拠も無いことである。
そして三つ目。他に「酔」とされている魚の存在がある。『本朝食鑑』をつぶさにめくってみると、クロダイ、カズノコ、コチ、カナガシラ、鮫、フグなど、ヒスチジン含有量の少ないとされる魚でも「酔う」という記載があるのである。これをどう解釈すれば良いだろうか。
しばし頭を捻ったが、おそらく、この時代の「酔う」という表現は、ヒスタミン中毒だけでなく複数の病態による症状を総じた概念なのだろうね。
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