蛸穴の持参は花嫁の名誉

 タコを茹でているのを檀家に見つかった京の坊主、慌てて
「蛸薬師の水で茶を点てようとしたのじゃが……これはふしぎふしぎタコが生れよったわい!」
としらばっくれた、という笑話が『醒睡笑』にある。

 また、華厳寺を開いた鳳潭は体が丈夫でなかったため、京の名医香川修徳に相談したところ、脚長蛸を毎日食べよ、との返事であった。鳳潭大いに困ったが、大志のためには飲食おんじき戒を破るもやむなし、ついでに酒も良かろう、と脚長蛸を酒で煮くたして常に食べたという(『想古録』)。

 じっさいタコは美味いから坊主が食べたくなってもしかたない。どうでもいいが、大阪人としては、たこ焼きに使うタコは、立派な値段のする明石のタコよりも、加熱したときにちょうど良い歯ごたえになるモロッコ産の方が良いと強調しておこう。なんでも高級なものを使えばいいというものではないのさ。


 冒頭に『想古録』を引いたが、タコに関する挿話で最もおもしろいのはこの話である。

佐渡の海辺には海岸の岩礁に蛸穴といふありて、其穴にて一頭の蛸を捕れば他の蛸又来りて年中漁獲の絶間なし、故に此穴を有する者は其利少なからず、然れば新たに蛸穴を発見するときは其穴は発見者の株と為り、多くの穴を持つときは一家数口の妻子を養ふに余裕あるなり、又爰に一奇なるは、新婚者の嫁娶するとき多くの穴を持行く時は、彼の嫁は幾箇の蛸穴を持来れりとて、宛も内地の持参金と同様の勢力あり

「想古録」 五三三

 『飛島圖誌』を参照すると、蛸穴の所有権は代々受継がれるものであったらしい。売り買いは禁じられていたが、娘を嫁に出すときには蛸穴を附けてやる風習があり、良い蛸穴の三つ四つも持って行けば、素寒貧に嫁いでも生活には困らなかったそうである。嫁は蛸穴を一人だけ覚えていて、人が見ていない時を見計らって取りに行くようにしていた。そして、もし離縁となったときは、蛸穴の所有権はまた元の家に戻るのであった。

 ここで言う蛸とは、ミズダコのことである。明石のタコはマダコである。ミズダコは北海道や日本海側の寒冷な海に生息している。肉質は柔らかく、たこ焼きよりも刺身の方が向いている。

 蛸穴の話に戻る。この蛸穴にはそれぞれ名前がついているが、その名づけ方がおもしろい。シロウトからすると、海にはそうそう目印もないから、穴をつくる岩の形や、発見者の名前くらいしかつけようがない気がするが、そこはいろいろ知恵を絞っている。

 たとえば「鎌石」。二人同時に発見し「これは俺のものだ」と争ったときに鎌を持ちだしたためにこの名がついた。「ヤキベナリ石」は、高い岩の下にあって、夜中に松明を焚きながら捕ることから来ている。

 「牛穴」というものもある。海で牛とは何事かと思うが、なかなかタコが出てこないことを「牛の歩むの如く」と喩えて「牛穴」である。同じようなものに「ショビラ石」がある。タコが出てくれば捕られるが、出てこない限り捕られない。首尾良く、、、、出てくれば捕ることができる、との意である。

 上の蛸穴の話でもうひとつ興味を引かれるのは、売買を禁じていたということである。取引は島内の人間に限る、ならばまだわからなくもない。嫁入りの際に持参し、離縁の際に引揚げるのならば、それは個人の財産・所有物と思われるが、一存では処分は許されぬ、という中途半端さが不思議に思える。財産の所有権の発展途上と見るべきなのか、それとも女の海人の文化においてはこれが通例であったりするのか、実に興味深い。

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