頭の中を這い回る寄生虫

 たまにニコニコ動画を見る。

 ジョナサン・キャロル「わらいの里」の動画を見て以来、時々この投稿者(ゆっくり会計士さん)の作品を見ている。エドモンド・ハミルトン「スターキング」もいい。ザースは手術で切り落とすべきである。さて、この動画について。

 皮膚を動き回る瘤、については、阿川弘之の随筆に全く同じものがある(『食味風々ぶうぶう録』「物くるる友」)。戦後まもない時期、漢口で鱖魚けつぎょを生で食べた同僚が、皮膚に動きまわる瘤ができた、という話である。むろん瘤の中身は鱖魚の寄生虫虫体である。人によっては、いくつも瘤が動き回るに任せていたという。鱖魚は古くから中国で食されており、『東京夢華録』にも茶飯(酒の肴の一品料理)として「貨鱖魚」が挙げられている。

 治療法として、静脈血とモクソールを混合し、瘤に数回注射したら治った、という記述がある。もっとも、この治療法もなかなか妙である。モクソールとは知らぬ薬剤であり、調べるとヒストトキシンとあるが、さっぱり薬効がわからない。

京城帝大大澤博士創製ニカヽル「モクソール」ノ發表ヲ知ル。「モクソール」トハ濃厚ナル酸又ハ「アルカリ」ノ如キ腐蝕劑或ハ寒冷及ビ熱ニ依ツテ惹起セラル、局所障碍ニヨリ生産スル毒素「ヒストトキシン」ノ一 定量ヲ含ムリンゲル氏溶液ナリ。氏ニヨレバ酸及ビ「アルカリ」ノ如キ腐蝕毒ガ組織ニ働クトキハ其ノ作用セシ局所ニ於テ一種ノ藥理學的能動性アル物質ノ産出セラルヽ事ヲ證明セラレ、カヽル物質ハ各方面ヨリ種々研究ノ結果化學的ニハ「ヒスタミン」ニ近似セルモ、生物學的乃至藥理學的性質ハ明カニ相違セルモノナル事ヲ證シ、「ヒストトキシン」ナル名稱ヲ附セラレタリ。

磯部濶. 日本消化機病学会雑誌, 1935 

 ほか鍼灸に関わるらしいのだが、とにかくこれは駆虫剤ではない。瘤に注射した際に、単に注射針で虫体を貫いただけではないか、と思ったりもする。なお、この手の寄生虫は頭を潰さないと再生する。

 なお、動画の途中で「芽殖孤虫ではないか」という話が出てくるが、さすがにこれは「蹄の音を聞いて、馬ではなくシマウマを考える」ようなもので、頻度的にありえない。蛇の生食および皮膚爬行症と聞いて素直に考えれば、マンソン裂頭条虫 (Spirometra erinaceieuropaei) による孤虫症を思い浮かべるのが普通だろう(もちろん動画投稿者に何の責任も無い)。先に挙げた鱖魚にもマンソン裂頭条虫は多い。


 さて、動画にあるように、マンソン裂頭条虫が頭蓋内に入りこむことがある。

 症例は50歳男性。主訴は頭痛およびてんかん発作など。英国在住の中華系で、しばしば故国と行き来をしていた。さしあたってMRIを見るのが手っ取り早い。5枚の前額断MRIの期間は四年間である。白矢印で指されているのが虫体である。症状として、嗅覚異常や記憶のフラッシュバックも起きたらしい。それなんてひぐらし?

Bennett HM, et al. The genome of the sparganosis tapeworm Spirometra erinaceieuropaei isolated from the biopsy of a migrating brain lesion. Genome Biol. 2014;15:510.

 病理学的には壊死を伴う肉芽腫性炎症を呈するらしい。

Bennett HM, et al. The genome of the sparganosis tapeworm Spirometra erinaceieuropaei isolated from the biopsy of a migrating brain lesion. Genome Biol. 2014;15:510.

 なお、生検で採取された虫体には、口器(mouth parts)や小鉤(hooklets)は含まれていなかったとのこと。つまり、放置していると、またゴソゴソ這い回る可能性がある。患者はalbendazoleを投与され全身状態は良好らしいが、エスカゾール錠の添付文書を見てみると、「海外において、脳を寄生部位とする有鉤嚢虫症患者に本剤を使用した場合、脳内の死滅虫体による炎症性反応の結果として、けいれん発作、頭蓋内圧上昇及び局所神経徴候等の神経症状が発現し、死亡に至ったとの報告がある」との記載もあり、おちおち安心してもいられない。

 まあとにかく妙なものは食わないに限るさ。

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