整骨医の消化器病理医?

 「DOって知ってる?」と留学先のボスに訊かれたことがある。

 大学主催の病理シンポジウムがあり、そのアジェンダを見ながら雑談していたときだった。ボスも講演者の一人である。その時ボスが指差していたのは、炎症性腸疾患のセッションの講師だった。名前の後ろに「DO」とついている。知らない肩書である。

 「いえ初めて見ました」と答えると、いろいろ教えてくれた。


 DOは”Doctor of Osteopathic medicine”のこと。ボス 「DOを日本語でなんと言うかは分からないけど」ここでは整骨医としてみる。 アメリカの医師は67.4%がMD、7.3%がDOである。残りの25.3%はアメリカ以外で教育を受けた人である。

 基礎知識をおさらいしておこう。アメリカで医師になるには、まず一般の四年制大学に入学する必要がある。日本のように高校卒業後すぐに医学部に入ることはできない。大学を卒業しMCAT (Medical College Admission Test)にパスしてはじめて、medical schoolといった医師養成のための専門職大学院進学への道が開ける。この教育課程もさらに四年間であり、卒業すると M.D. (medicinae doctor, doctor of medicine) の称号が与えられる。だから、私たち日本の医師が M.D. と名乗るのは少しおかしいし、M.D., Ph.D に至ってはかなりアレなのだが、まあここでは措く。

 Medical schoolとともに、もうひとつの医師養成学校としてあるのが、college of osteopathic medicineである。よくDO schoolと呼ばれる。オステオパシー医学校とでも訳せばよいだろうか。こちらもMCATに合格する必要があるが、medical schoolより少し入学難易度は低い。アメリカの掲示板を眺めてみると、アメリカの医学校に落ちたら、DO schoolとカリブ諸国の医学部のどちらに行くのがいいか、といった相談を見かけることがある。

 オステオパシーは、アメリカの医師(MD) Andrew Taylor Stillによって19世紀に創始された医学体系である。身体全体をひとつのユニットとして捉え、心身および諸臓器は相互に関連しているとした上で、自己治癒・自己調整能力を重視し治療を行う医学体系である。日本人的には、カイロプラクティックや柔道整復師みたいなものか、と思いがちであるが、DO schoolの教育内容を見てみると、基本的な理念こそ異なれmedical schoolとさして変わらない。200時間ほどオステオパシー独自の教育が追加されている程度、と言っても差し支えないだろう。教育内容・期間という点でも、得られる資格的にも「柔道整復師はアメリカではDOとして医師と同格の資格とされています」という主張はミスリード以外のなにものでもない。またカイロプラクティックのDC (Doctor of Chiropractic) はアメリカでは医師と見做されていない。

 DOの国家試験はMDとは別で、COMPLEX (Comprehensive Osteopathic Medical Licensing EXamination)と呼ばれる。Step 1~3まであるのはUSMLEと同じである。DOもUSMLEを受験可能であり、希望するresidency courseによってはUSMLEを受けるDOもいる。


 教育の学校も異なれば、国家試験も別となると、DOとMDでは行うことのこできる医療行為の範囲に差があるのでは、と思いがちである。が、別にそんなことはない。DOとMDは資格的に同等であり、どの州であっても、どの専門分野でも働くことができる。もちろん外科手術や投薬にも制限はない。Pathologyのresidencyに進むことができれば、病理医として働くことも可能である。ただこれは割と珍しいらしい。

  医師に占めるDOの割合は地方にゆくにつれ高くなる傾向があり、 待遇についてもMDに一歩劣るようだ。――あまりこういう事は書きたくないが、MDのDOに対する差別もないではないようである。 基本的にDOはprimary careに進む、いや進まざるを……やめよう。その比率はMDの35%に対しDOは60%である。なお軍医もMDに比べDOの比率が高い。


 炎症性腸疾患のセッションは、消化管を毎日腐るほど見ている日本の病理医にとって特に目新しいものはなかった。ただ、こちらではimmune checkpoint inhibitorによる腸炎が日常なのだな、という感想を得た程度か。

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