病理医の昼寝

 仕事中によくうつらうつらする病理医はメガネを見ればわかる。顕微鏡の接眼筒にぶつけた痕がメガネのレンズに残るからである。だいたいこんな感じである。

病理医あなたを犯人です」とかいう決め台詞でミステリのネタにでもしたら面白いかもしれない。


 とある窓際病理医、昼にカツカレーなんぞ食ったせいで顕微鏡を覗きながら思わず船を漕いでいた。昌黎先生もそうだが肥満体の人間はよく寝るのである。
* 『邵氏聞見後錄』卷二十七「退之豐肥喜睡每來吳家必命枕簟」

それを見たレジデントが

「センセイはでっかい腹を晒して、診断に飽きて惰眠を貪っておられる」

と嘲ったところ、その大センセイ曰く

「この大きな腹の中には Enzinger & Weiss と AFIP が詰まっているんだ。今もこの症例について夢の中で Fletcher にコンサルテーションしていたのだよ」

「で、何と診断されました?」

「うむ。これは “Spindle cell tumor, NOS” だな」

「なあんだ」

――というのはつくりばなしだが、実際、昼に奮発して腹に詰めこんだりすると、午後の業務がしばし夢うつつになるのはなかなかに困ったことである。特に、何もなさそうな細胞診のスキャンニングをしていたり、副鼻腔炎の好酸球を数えたりしているとなおさらである。

  簷日隂隂轉  簷日えんじつ 隂隂いんいんとしててん
  牀風細細吹  牀風しょうふう 細細さいさいとして吹く
  翛然殘午夢  翛然しゅくぜんとして 午夢ごむざん
  何許一黄鸝  何許いずこにかある 一黄鸝こうり

 太陽はその陰を軒先にゆっくりとうつし、風がかすかに吹き抜ける。姿を見かけたような気がして、はっと午睡から醒め、しばし微睡みのなか、核分裂像ウグイスはどこだと探したのだった――きっと、臨川先生も夢うつつで本に突っ伏したことがあるに違いない。

邊韶字孝先,陳留浚儀人也。以文章知名,教授數百人。韶口辯,曾晝日假臥,弟子私嘲之曰:「邊孝先,腹便便。懶讀書,但欲眠。』韶潛聞之,應時對曰:『邊爲姓、考爲字。腹便便,《五經》笥。但欲眠,思經事。寐與周公通夢,靜與孔子同意。師而可嘲,出何典記?」嘲者大慚。韶之才捷皆此類也。

『後漢書』文苑列傳

送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!
  • URLをコピーしました!
目次