すき焼き鍋に牛脂をコロコロ転がしながら思ったのだが、
溫泉水滑洗凝脂 溫泉、水滑らかにして凝脂を洗ふ
とはおもしろい表現である。これは言うまでもなく「長恨歌」の一句で、楊貴妃の入浴の様子を表現したものである。美人の白くつややかな肌を凝脂――固まった脂に喩えている。とくに白居易の独創というわけではなく、『詩経』衛風「碩人」に既に「膚如凝脂」という表現が見える。
白居易が思い浮かべていたのは豚脂か羊脂かわからないが、あの白く光沢のある脂身なのだろう。ただあいにく私は死体を切り開いて臓器を取り出したり、その臓器を切り分けたりする仕事をしているので、美人を脂身に喩えられるとちと妙な気がする。人間も皮膚を切開して広げると――人により多い少ないはあるにせよ――なかから脂肪が現われるのだが、人間の脂肪は羊脂と違い真っ黄色をしており、モロモロ崩れやすく、とても美しいとは言い難い代物だからである。ちなみに、人間の脂肪が黄色をしているのは、食餌の中に含まれるカロテンが蓄積して色がついているのである。牛・豚・羊の脂は白色だが、これも飼料によっては黄染するし、加齢老廃によって黄変することもある。黄色になったものは市場に出回らないから目にする機会がないだけである。
白居易は「凝脂」という表現を気に入ったのか、王昭君のことを詠んだ「靑冢」にも「凝脂化爲泥(凝脂は化して泥と爲り)」の句がある。これは王昭君が亡くなって土に還ったことを言うのだが、やはり死体を扱う身としては妙な生々しさを感じずにいられない。
「凝脂」については、何年も前からわからないことがある。
范成大の「范村梅譜」に方惟深の詩の一節が引かれているのだが、「春風吹酒上凝脂」の「凝脂」が何を指すのかわからないのである。
紅梅粉紅色。標格猶是梅,而繁宻則如杏。(中略)世傳吳下紅梅詩甚多,惟方子通一篇絕唱,有「紫府與丹來換骨,春風吹酒上凝脂」之句。
「酒の上の油」だからフーゼル油のことだろう……とはさすがに冗談だが、かと言って酒にうつる美人の比喩でもなさそうである。「紫府(神仙の棲家)は丹(紅梅)に姿をかえ、春風は酒の上の凝脂に吹く」だから、「凝脂」は春風に吹かれて酒上に舞い落ちた梅の花びらと解釈するのが自然に思われる。ただ凝脂と紅梅では色が合わない。
……などと考えつつすっかり小さくなった牛脂に目を戻したのだが、こいつは一面真っ白というわけでもなく、ほんのりピンクがかっている。紅梅と言っても色の薄いものはいくらもあるから、方惟深はそういった種を見つつ歌ったのかもしれない。こう考えると、「長恨歌」の中で白居易は、美人の艶やかな白い肌が湯に当てられほんのり上気していることを表現したかったのかもしれないなぁ、と思ったのだった。
(ヾノ・∀・`)ナイナイ
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