女性と破瓜

 長年妙な思い違いをしていたことに気がついた。

 秦淮の妓女に宋惠湘という人がいた。明の滅亡による混乱のさなか、兵火に追われ彷徨ううち、軍に捕らえられた。最期の時、彼女が流れる血で壁に書きつけた絶句の一部にこうある。

  盈盈十五破瓜初  盈盈えいえいたる十五 破瓜はかの初め
  已作明妃別故廬  已に明妃の故廬に別るるを

 明妃とは、漢の元帝のとき匈奴に嫁せられた王昭君のこと。妓女として売られ今は軍に拉致された自らの身の上と、王昭君の境遇と重ねたものと思い、「美しく艶やかな十五の年にして男に身を委ねさせられ、、、、、、、、、、、王昭君のように故郷と別れを告げさせられた」と、当時私は解釈した。

 直前に孫綽の「情人碧玉歌二首」を見ていたせいもあるのだろう。

  碧玉破瓜時  碧玉破瓜の時
  相為情顛倒  相い為に情顛倒す
  感郎不羞難  郎に感じて羞難せず
  迴身就郎抱  身を迴らして郎の抱に就く

 碧玉とは宋の汝南王の寵姫。美人の代名詞。まあ惚れた腫れたでそういうこと、、、、、、をしたんだな、でそのまま通り過ぎた。


 それから十年以上経って『北里志』を読んでいたとき――『北里志』とは唐代、長安・平康里の花街にいた歌姫・妓女のことを描いた書物である。王團兒の家に抱えられていた妓女、宜之に作者が送った詩の冒頭にこうあった。

  彩翠仙衣紅玉膚  彩翠の仙衣 紅玉のはだ
  輕盈年在破瓜初  輕盈として 年は破瓜、、の初めに在り

 「あっ『破瓜』とは特定の年齢を指す言葉ではないか?」と今さら気づいたのである。

 さっそく辞書を引くと、「瓜」の字を分けると「八八」であるから、女子の十六歳を指して「破瓜」と呼ぶ、とあった。また「情人碧玉歌二首」についても、『通俗編』卷二十二に「按ずるに、俗に女子が身を破ることを破瓜と言うけれども、ここではそうではなく、瓜はふたつの八の字に分けられるから、十六歳と言っているだけなのだ(俗以女子破身為破瓜,非也,瓜子破之為二八字,言其二八十六歲耳)」という注釈があるのを見つけた。

 思わずあっ、と声にならない声をあげてしまった。宋惠湘も単に「十五六の頃」と言っていただけだったのだ。そういえば、何かの史書で、「八」をそのまま左右に二つ連ねた字を見かけたことがあったのを思い出した。もしかするとあれは瓜の異體字であったのかもしれない。

 「破瓜」という言葉を知ったのは、中学生の頃に読んだツツイハスタカ先生の『エディプスの恋人』のはずである。文脈から「破瓜」が “losing a woman’s virginity” の意だとはすぐに分かったのだが、これが俗用であると四十近くになるまで気づかなかった不明を恥ずかしく思った。統合失調症の「破瓜期」など、puberty の訳語であることに気づく機会はいくらでもあったにも関わらずである。おれはなさけないよ。

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