“ATTENTION, ATTENTION, ATTENTION. AN EMERGENCY HAS BEEN REPORTED. ALL OCUPANTS WALK TO THE NEAREST STAIRWAY EXIT, AND WALK DOWN TO YOUR ASSIGNED RE-ENTRY FLOOR OR MAIN LOBBY. DO NOT USE THE ELEVATOR. DO NOT USE THE ELEVATOR. WALK TO THE NEAREST STAIRWAY. DO NOT USE THE ELEVATOR”

留学時代に住んでいた家は築50年のボロいアパートだった。
入居初日に「ネズミを見かけたぞ!」という貼紙を見かけてげっそりしたのだが、夕方くつろいでいるといきなり火災報知器が大音量で鳴って心底驚いた。慌ててパスポートやら貴重品を持って一階に駆け下りたのだが、ロビーには私のほか誰もいなかった。すぐに Public Safety がやって来て私を珍しそうに眺め、二三分して消防車がやって来てのんびりとこれまたアパート内に入ってゆくと、やがてアラームは止まったのだった。
しかたなく私も部屋に戻ったが、結局なんだったのか、なぜ私以外に避難する人がいなかったのか首を捻った。
翌日同僚にその話をすると、「ああ新規入居者が多い季節だからねぇ」と、不思議でもなさそうに言うのに驚いた。留学生がアメリカのキッチンに慣れず物を焦がすことが多いらしい。
その後、一週間に一回のペースで鳴り響く火災報知器に私は完全に慣れてしまった。夜中三時なら「こんな時間に料理するな!」と怒るくらいで、もはや起きようともしない。あとになると「火宅の人ですな」ははは、と笑い話にする始末。当然メッセージも覚えてしまった。
管理会社は「実際に food burn などが起きているので、鳴るのはしかたない」という対応だったが、本当に火事が起きたときは大惨事になるに違いないと噂されていた。
その food burn をよくやるのは中華系らしいのだが、彼らを責める気持ちには毛頭なれない。なぜなら、アメリカの換気扇は論外なつくりで、吸い込んだ煙を何やらフィルタに通したあと、そのまま部屋の中に放出するからである。あまり煮炊きをしないアメリカ人連中ならばそれでもよかろうが、いろいろ料理してまともな物を作る人種からすると、こんなものはまともなキッチンとは言えないのである。私も焼魚が食べたくて「窓を全開にして扇風機で飛ばしたらいけるのではないか」などと思ったが、万が一鳴らした場合のことを思うと二の足を踏んでしまい、ついぞ試すことはできなかったのだった。
※コメントは最大500文字、5回まで送信できます