みみず書房
先日とある論文を読んでいて、最後に参考文献をちらと眺めたとき、「みみず書房(書店)」とあって思わず笑ってしまった。

うーむ。仏文の先生なので、さすがにこれは植字工の誤りなのだろう。いやまあちゃんとゲラを確認するべきではあるのだが。しかしよくよく見てみると、「遠堂みどり」は「遠藤みどり」であるし、『フロイト選集』は『フロイド選集』。カール・A. メンニンジャーの『愛と憎』は正しくは『愛憎』で上下巻はなく、出版年は1951年である。
……やっぱり原稿からあかんのやろな。
ミミズに火をつける
ミミズの用途といえば釣りくらいしか思いつかないが、釣りは釣りでも「幽霊釣り」にミミズを使う話が『楽郊紀聞』に書かれている。燈籠を松の枝にかけて火を点し、夜半に野原で怪談話をする。やがて強い風が吹き、燈籠の上に幽霊が現われる、という趣向である。それに使う燈籠の芯は乾かしたミミズでなければならないらしい。
ミミズの生まれ変わり
とある僧、日日修行に励んでいたが、さらなる高みを目指すためもっと大きな寺に行こうと決心した。その夜、夢の中に老僧が現われ「お前は前世この寺の庭にいたミミズだったのだ。そして法華経ををずっと聞いていたので、いま人間に生まれ変わったのである。お前はこの寺に縁がある者だから、余所に行ってはならぬ」と引き止めたという。『今昔物語集』から。
ミミズを食べる人
『酉陽雑俎』には、嶺南の渓洞に頭を飛ばす者がいて、カニや蚯蚓を食べると書いてある。また『玉堂叢語』によれば、南京の國子監の祭酒をつとめた劉俊はミミズを好んで食べたので、監生(学生)から「蚯蚓子」と呼ばれたとある。
『甲子夜話』を読むと、田村屋只四郎という人は、蛇や蛙、ミミズはじめなんでも生きたまま食べたということである。しかし、ゲジゲジとハサミムシだけは食べてはいけない、必ず毒があるから、と彼は真似しようとする人を戒めたという。ゲテモノ食いにもそれなりの分別があるようだ。
モースが小樽で食べたミミズっぽいもの
モースが小樽近辺で食べた「ミミズより少し大きいmarine worms」とは何だろうか。
I had for supper marine worms, — actual worms, resembling our angleworms, only slightly larger, and judging from the tufts about one end they probably belonged to the genus Sabella. They were eaten raw and the taste was precisely as seaweed smells at low tide. I ate a large plateful and slept soundly.
Edwrd Sylvester Morse. “Japan Day by Day, 1877, 1878-79, 1882-83.”
モースは「一端に房 (tufts) があるのでおそらくSabella 属であろう」「味はまさに干潮の海藻」と述べている。モースはそれをナマで皿一杯食べてぐっすり眠ったそうである。
北海道、ミミズに似た形態、ナマで食べる、と來ると私は最初ユムシかと思ったが、あれに房(鰓冠?)はない。モースの言うとおりSabella 属とするとケヤリムシや近縁のゴカイだろうか。
みみず掘りをするお嬢さま
御殿医桂川家に生まれ、諭吉らとも交流のあった今泉みねは、家の庭にコウノトリがやって来た時のことを述懐している。家の者がみな「ツルが來た」と大騒ぎしたが、彼女の父が「あれはコウノトリだよ」と訂正したらしい。江戸時代の人にとってもツルとコウノトリの区別は難しかったらしい。
「コウノトリは生きたミミズが好き」と出入りの植木屋に聞いた彼女は、庭をあちこち掘り返してミミズの巣を探したそうだが、なかなか難しい作業であったらしい。彼女は後年「いったい蚯蚓のおうちは、案外堅固なもので、どこが巣かどこが入口か人間にははっきりわからないくらい複雑になっているのだそうですね」と述懐している。やがて明治維新によって桂川家は没落し、家も庭も人の手に渡ったのであった。
ミミズにおしっこをかけると
『和漢三才圖會』巻十二に「小児の陰で蚯蚓に毒を吹きかけられ腫れたものは、火吹筒で婦人にその腫れた処を吹かせる」という対処法が載っている。この迷信が江戸時代には既にあり、ミミズの毒素が附着するのだと思われていたことがわかる。
ミミズが鳴く
虚子に「三味線をひくも淋しや蚯蚓なく」という句がある。かつてはミミズが鳴くと信じられていたことにかけている。むろん本当にミミズが鳴くわけではなく地中のケラの鳴き声を取り違えたものである。江戸時代には案外とこのことは知られていたらしく、松浦靜山や菅江真澄がそう書いている。
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