ながらみ

 浜松の居酒屋に行ったとき、「お通しです」と小さな巻貝の酒蒸しが出てきたことがあった。

 「これ何の貝?」と同僚に尋ねると、「あれ、知らないんですか。ながらみですよ」と教えてくれた。関西では見かけない貝である。

 彼がどうやって食べるか観察していると、彼は殻口から爪楊枝を刺し器用にくるっと回転させ、すぽんと中の貝を取り出した。そしてそれをそのまま食べるようである。私も真似してやってみたが最初の一個は途中でちぎれてしまった。「強く引っ張っちゃだめですよ」と言われ、今度はそろそろ引っ張ってみると、するする身を取り出すことができた。食べてみると弾力がありほのかに甘く、美味い貝である。

 私は大いに満足したのだが、彼のほうは少し不満があるようだった。

「むかしは子供のおやつだったんですよ。でも最近は漁獲量が減ったのか高くなっちゃって」

ちょいと値の張るお通しにしては一人頭二個しか出てこなかったのはそのせいだろうか。また彼は

「この貝殻は磨くと綺麗になるんですよ」

と言う。何の変哲もなさそうな貝だが、磨くと綺麗になるのはなぜなのだろう。「じゃあ持って帰って職場で削ってみようか?」と戯れにきくと「いやいやもう子供じゃありませんから」「まあ貝殻まで食ったと思われてもね」と二人笑ったのだった。


 家に帰って貝類事典を開くと、綺麗になるのは真珠層によるものらしい。

 貝殻は通常三層構造で、外側から殻皮層、殻質層、殻下層から構成されているらしい。磨くことで殻下層、別名真珠層が露出するのだが、真珠層は結晶配列が薄層状で配列の具合により光の屈折が異なるため、美しい光彩をあらわすということであった。

 そういえば、むかし歴史小説を読んでいて「青貝をりこんだ自慢の槍」とはなんだろう、と首を捻ったことがあった。私は槍の柄に青貝の貝殻をゴシゴシ刷りこむ姿を想像し、柄に貝の色が移るんだろうか、などとアサッテのことを考えていた。もちろんそんなことはなく、貝殻を摺って美しい真珠層を出し、それを槍の柄に貼りつけたもののようだ。要するに螺鈿らでん細工である。なぜ螺鈿を知っていて貝摺/摺貝が分からなかったのか我ながら不可思議なことである。

 天保のころの貝類図鑑『目八譜』を見てみると、キサゴ、華布さらさキサゴ、團平キサゴいずれも小児の遊び道具として使われていたと書かれている。ではどんな遊びをしていたのか『嬉遊笑覧』を開くと、貝殻を舌先に吸いつけたり、爪先で弾いたりしたらしい。舌先に吸いつけて何が嬉しいのか中年男にはちょっと見当がつかぬが、この年頃の子供がすることであるから、きっと大した意味はないけれど愉しいことに違いない。弾く方は「きさごはじき」と呼ばれ、弾いた貝殻を当て合う遊びのようである。小学生の消しゴム落としみたいな遊びは昔もあったんだなぁ、と感心したのだった。

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